田植え

志賀郷@あやべのゴールデンウィークは

村の人口が増え

あちらこちらで、田植えがはじまります。

 

僕も10年ほど前からはじめている

田植えのお手伝いにかり出され

2日から田んぼに入っています。

 

我が家のトイレには小野 竹喬の田植えの絵のポストカードを飾っているのですが

同じような風景が目の前に広がっていることに

何となく安心感があり

また同じように季節を迎えれる喜びを感じていました。

絵画というものは意識をある一定のレベルに

常に引き返してくれるものとして

重要な意味を持つものと改めて感じました。

 

 

 

田んぼに向かい

機械で植残した部分に一本一本苗を植えていく作業をしていると

いつも考えが走馬灯のように流れていきます。

時折、受身になり自分の周りで起こっている事象に

心奪われたり

今思っているイメージや考えに答えを求めたり・・・。

 

 

 

今日は原発の事故によって

土地を奪われた人たちのことを考えていました。

 

 

今、僕がお手伝いに行っている家庭には

障害を持つ人がいて

毎年仕事を一緒にさせてもらっています。

障害者の彼にもきちんと働く場所、

休む場所があり、

働いている者同士、同じ時間が流れてる。

 

なんとなく地域のすべての人が田んぼという場が存在することによって

仕事というチャンスを与えられているようで

百姓という仕事の懐の深さに改めて気づかされました。

 

でも、今の福島の放射性物質による被害を受けた土地はどうだろう?

 

もし仮に被害を受けた方が

他の場所で新たな仕事を見つけ

生活していくとして

どれだけの人が安心した暮らしを得ることができるだろうか?

何人の人が社会に入ることができなくなるのでしょうか?

 

 

・・・・。

 

 

田んぼの仕事にはあらゆる人や生きものが出入りする自由が与えられている。

福島の放射性物質に被害のあった田んぼには自由が与えられない。

そこでしか生きれない人はどこに行く?

一方通行の仕事

上と下をつくる仕事

生きるって意味を考えたいし、

仕事というものを考えたい。

 

 

 

 

(ハタノワタル)